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東京高等裁判所 平成11年(ネ)6002号 判決

控訴人(原告) 株式会社第一勧業銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 佐長功

同 田口和幸

同 植竹勝

同 村上寛

同 本多広和

被控訴人(被告) Y

右訴訟代理人弁護士 石井元

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は控訴人に対し、金三億三六五九万一二九六円及び内金三億円に対する平成一〇年三月四日から、内金三三〇九万一七五二円に対する平成一〇年三月二一日から各支払済みに至るまで年一四パーセント(年三六五日の日割計算)の金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決の二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二本件事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり補正するほかは原判決の「事実及び理由」の第二記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決九頁五行目の「被告は、」を削り、同六行目全文を「利益を喪失したことになり、本件各貸付金全額について直ちに返済すべき義務が発生した。」に改める。

第三争点に対する判断

一  控訴人の被控訴人に対する本件各貸付がなされた経緯等については、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  控訴人の総務部の渉外グループ(ただし、同グループは平成九年七月に廃止されている。以下「渉外グループ」という。)の担当者であったB元総務部長やC総務次長(以下「C次長」ともいう。)は、控訴人に寄せられる個人や団体などからの寄附、賛助要請、雑誌講読要請等の様々ないわゆる企業としての「おつきあい」の申入れを受ける窓口となり、その対応に当たっていたことからa会のDとも面識があった。そして、渉外グループは、融資等の銀行本来の業務は担当していなかったが、右おつきあいの関係者の中には、融資の相談として渉外グループを頼ってくる者もあったので、その場合には一応取引の可能性がありそうな申入れについては担当営業部に取り次ぎをすることもあった。

2  C次長は、昭和六一年ころ、Dから「Eに控訴人に融資を頼んでくれ。」と言われたとして、Eへの株式投資資金の融資について口を聞いてくれるようにとの申入れ受けた。しかし、総会屋グループであるa会の会長のEへの融資は商法上も問題があるので、その融資はできないと明確に断り、さらに、a会の構成員には他の者にも融資はできないとした。すると、Dからは、今度は、同人の知り合いである被控訴人はa会の会員ではないし、社会保険労務士の資格を有する者であるので、被控訴人が株券を担保に差し入れるのであれば被控訴人に対する融資は可能かとの申し入れがあった。C次長は、被控訴人に対する融資を実行した場合には、その融資金は被控訴人から事実上Eに流れ同人が株式投資に利用するものであると認識していたが、融資の担保として差し入れるとされる株券は上場会社のものであって、今後株式相場も上昇すると見込まれたことから、被控訴人における担保基準に適合すると判断でき、その融資期間も短期のものであったことから、右融資希望についてはその使途等をも勘案して控訴人の兜町支店の担当の営業部署に取り次ぐこととした。その結果、控訴人において右融資は可能であるとの判断がされるに至った。

3  そこで、被控訴人は、昭和六一年七月一六日、控訴人兜町支店を訪れて本件銀行取引約定書を締結したうえ、同月三〇日には本件第一貸付を、次いで同年一二月三日には本件第二貸付を受けた。そして、右各貸付金は、同年八月二九日ころまでに、被控訴人によって全額返済された。

4  その後、Dから再度被控訴人に対する融資要請を受けたので、前同様であれば融資は可能であるとしたことから、前記のとおり手形貸付の方法によって昭和六二年三月四日に本件貸付一が、次いで平成二年四月一二日に本件貸付二が順次実行された。その際、被控訴人は、右約束手形に自ら署名押印したほか、有価証券担保差入証書その他の必要書類も自ら署名押印して控訴人に提出した。

二  被控訴人の抗弁について

被控訴人は、「本件各貸付は、真実にはEに対する融資であるのに、それを隠蔽することを目的として被控訴人に対する融資とされたものであるから、通謀虚偽表示により、又は、被控訴人は真実には本件各融資を受ける意思はなく、その手続上借受人になったに過ぎないのであるから心裡留保によるものであって控訴人もそのことを了知していたのであるから、無効である。」旨主張するので検討する。

1  〈証拠省略〉等の前掲各証拠によれば、控訴人は、平成九年ころまで、毎年六月の株主総会開催時期には、一〇年間以上に亘って本店内の食堂において、その幹部も出席してa会のメンバーと会食する等の関係を有していた等と新聞報道されていたことがあること(乙三)、前記のとおり、DはC次長らと顔見知りであったこと、被控訴人は、本件第一、第二貸付を受ける際には、DとEとともに控訴人の兜町支店を訪れていること、被控訴人は、第二貸付についてはその融資金についてはEらがそれを持ち帰ることを了承していること、被控訴人は、社会保険労務士であり、昭和六一年当時の収入は金一〇〇〇万円強であったが(乙六、七)、控訴人からの各融資を受けるに際して、確定申告書を提出することを求められたこともなく、収入や資産状況、資金使途や返済計画等について具体的な質問を受けたことはなかったこと、被控訴人に対する本件第一、第二の各貸付及び本件各融資については、本部の紹介案件としてその手続がとられたこと、本件各貸付の担保として被控訴人から控訴人に差し入れられた株券の大半は、Eの名が裏書きされていたものあるいはa会のメンバーの名義となっていたものであったこと、被控訴人が控訴人の兜町支店で開設した被控訴人名義の預金通帳(以下「本件預金通帳」という。)はEが保管していたこと、本件各貸付については、毎年、返済期限の前にC次長からDに電話により返済期限とその間の利息金の額が連絡されていたこと、本件各貸付として前記のとおり担保として差し入れられた株式の価額は、その後の株価の下落によりいわゆる担保割れの状態となったが、被控訴人に対して追加担保の差入れの要求はされなかったこと、そして、被控訴人は、本件各借入等に際しては、Eから、「迷惑はかけないから控訴人からの融資の借入人となってくれ」と頼まれたことから、それを承知したものであること、本件各貸付の利息の支払は被控訴人の名義でなされていたが、その資金はEが負担していたこと、被控訴人は、本件各貸付金は、実質上はEが株式投資の資金等として使用することを承知しており、その借入に際しての担保に供する株券の用意や、借受金の利息や元本の返済資金もEが手当するものと考えていたことから、自分はその返済に際しては実質上は何らの資金を用意する必要もないと考えていたことが認められる。

2  しかしながら、前記争いのない事実及び前記控訴人の被控訴人に対する本件各貸付がなされた経緯等の認定事実によれば、控訴人は、Eに対する融資はできないと明確に断ったうえで、右融資を受けるためにはa会の構成員でないものが借主にならなければならないと言明していたこと、被控訴人は、右の事情を承知のうえでEから借受人になることを求められて、控訴人から被控訴人へ被控訴人からEへという迂回融資に協力することを承諾したものであること、控訴人は、Eが本件各貸付は自己に対する貸付であると主張して自己の名義で、平成一〇年二月二三日に本件貸付一の利息として弁済提供した金一〇三八万三九七二円及び同年四月三日に本件貸付二の利息として弁済提供した金六三五万七五三四円について、Eへ貸付をしたことはないとしてその受領を拒絶していること、本件各貸付については、その貸付実行当時にあっては、十分な担保価値を有する上場株式の株券がその担保として差入れられていたことから、被控訴人への融資実行に当たっては、被控訴人の資産状況についての調査の必要性は少なかったこと、被控訴人は、前認定のとおり、本件各貸付に際しては、本件各貸金上の債務につき法的には自己が対外的にその第一次的責任を負うことを免れ得ないことになる約束手形に署名押印し、有価証券担保差入書、その基礎となる銀行取引約定書等にも何らの留保を付けることなく署名押印する等、社会保険労務士という職業からしても、約束手形に振出人として署名することが第一次的には法的義務を負うものであることを十分に理解し得る行動をとっていたこと、また、被控訴人の本件預金通帳の届出印には被控訴人の実印が使用され、その実印は被控訴人が管理していて、Eは、被控訴人の承諾ないし押印の協力等がなければ控訴人から本件各借入金が振り込まれた本件通帳からその預金を自由に引き出すことができない形になっていたことが認められる。

3  したがって、右前記1の各事情があっても右2の認定を総合すると、本件各貸付契約につき、同契約が真実は控訴人とEとの間の契約であって、被控訴人と控訴人との間では何らの法的義務を生じさせない無効なものとして仮装する旨の通謀があったものとは認めることはできない。他に右通謀虚偽表示による契約であることを認めるに足りる証拠はない。

また、被控訴人は、本件各貸金についての担保物、その利息の支払及びその返済資金はEが用意することから、自己は経済的には事実上なんら負担もないものと考えていたこと、控訴人においても、本件各貸付金が実質的に被控訴人からEに迂回融資の形で交付され、Eが株式投資資金等として使用するものであることを認識していたことは前記のとおりであるが、被控訴人は、本件各貸付契約上の法的な借主は自己であって、それによる法的義務は自己が負うことを認識していたものというべきであり、控訴人においては、終始一貫して本件各貸付における法的当事者は被控訴人であるとして手続処理していたのであるから、本件各貸付契約の締結に際して、それが最終的な経済目的としてEに対する迂回融資のためにする目的があったとしても、本件各貸付契約締結行為自体につき被控訴人に心裡留保があり、控訴人がそれを了知していたと認められず、右各契約は無効であるということはできない。他に被控訴人に右心裡留保があったことを認めるに足りる証拠はない。

よって、被控訴人の前記主張にかかる抗弁は採用できない。

第四結論

以上によれば、控訴人の本件請求は理由があるので認容すべきである。

よって、これと異なる原判決は全部取り消すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 慶田康男 裁判官廣田民生は転補につき署名、押印できない。裁判長裁判官 鬼頭季郎)

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